コールユーブンゲンとは

歌唱曲を練習する前に、毎日のルーティンとして必ず行なって頂きたい音感トレーニングが、「コールユーブンゲン」です。

「コールユーブンゲン」とは、ドイツの作曲家フランツ・ヴュルナー氏(1832年 - 1902年)によって確立された教則本(合唱練習曲集)です。ドイツ語で「Chor(コール)」は合唱、「übungen(ユーブンゲン)」は練習という意味です。
この教材は、ミュンヘン音楽学校の合唱授業において、生徒たちが課題の実習を通して、音楽理論だけではなく音楽教養を深める目的として作成されました。
1876年に刊行された原書の「Chorübungen der Munchener Musikschule(ミュンヘン音楽学校のための合唱練習書)」は、下記の全3巻で作成されています。

第1巻:音楽の基礎学習(読譜力)、音程とリズムを正しく取る独唱練習
第2巻:和声学の音楽理論、発音と重唱練習
第3巻:伴奏付及び無伴奏合唱曲集の合唱練習

日本では、主に第1巻を声楽の入門書として使用されていますが、音楽ジャンルを問わず音痴矯正や音感を磨きたい全ての方にご利用頂けます。
音感力がしっかりと身に付くまでは、正確に音程を聴き分けられるソルフェージュの講師に必ず習うようにして下さい。独学では絶対に無理な教材です。


課題の目的と意義を明確に提示すること

コールユーブンゲン第1巻は、2度音程から8度音程(オクターブ)までを含む、全42章で構成されています。まず初めに、指導者は教材の「コンセプト(概念)」と「楽譜の重要性」を生徒にきちんと説明しなければならない。なぜなら、譜面を正しく読めないということは、俳優ならば「台本の文字が読めない」「ストーリーが全く理解できない」それと同じだからです。

「譜面の指示に従い一定の旋律を正確な音程とリズムで歌うこと」

歌手の仕事は、作曲家の想いが込められた美しいメロディー(旋律)に歌詞(台詞)を乗せて、正しい音程とリズムで唱うことです。つまり、そのために必要な読譜力を身に付けなければならない。
指導者は、生徒に練習曲の課題を与え、ただ読譜(歌唱)が正しくできているかを確認するだけでは全く意味がありません。その前にすべきことは、課題の目的と意義が何かを明確に提示することです。

例えば、初期に出てくる「リズム読み方練習」の課題は、1音1音を正しい音名と的確な音符・休符の長さで読むことです。音名は、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」全部で7つあります。「シ」の発音は、必ず「Si(スィ)」の正しい発音で練習をすること。ここでは、拍の長さとアクセント(拍子)を重要視しているので、音と音の幅(音程)は必要としません。目的は、新曲の際に歌詞がなくても楽譜を見て歌えるように、音符を読みながらリズムを取れる能力を身に付けるためです。
その次の「歌い方練習」の課題は、リズム読み方の基本をしっかりと習得した上で、1音1音を的確な音と音の幅で歌うことです。目的は、新曲の際に音源がなくても楽譜を見て歌えるように、音程を取れる能力を身に付けるためです。
両者の意義は、「潜在記憶(魂にインプット)」と言って、これらの訓練によって無意識領域(潜在意識)の「技能記憶」が養われることです。技能記憶とは、意識的に繰り返し鍛錬されたテクニック(外発的技術・行動力)が無意識化されていく(身体に染み付いていく)ことです。また同時に、それらの潜在記憶の蓄積によって、もし歌手や俳優が突然本番でトラブル(歌詞を間違える、台詞を忘れる等)が起きてしまった時でも、瞬時に対処できるスキル(内発的技術・判断力)も養われるのです。ただし、それは正しい指導法や勉強法であることが前提です。


練習曲は「移動ド」ではなく「固定ド」で暗譜すること

課題の目的と意義を明確に提示できたら、次は楽譜の読み方です。
練習曲の課題は全て、絶対音感ではなく相対音感の方でも、「移動ド」ではなく必ず「固定ド」で暗譜することをお勧め致します。なぜなら、その方が早く音感力が身に付くからです。
「移動ド」とは、楽譜の調に合わせて主音が変化した相対的な音の高さを表す「階名」で読むことを言います。一方の「固定ド」とは、楽譜にある絶対的な音の高さを表す「音名」で読むことを言います。
生徒は、担当講師から練習曲の課題を与えられたら、早く覚えたいからという理由で、音符上に音名を記入しないで下さい。なぜなら、「顕在記憶(大脳にインプット)」と言って、音名を記入することによって意識領域(顕在意識)の「意味記憶」が邪魔をして、無意識領域(潜在意識)の「技能記憶」が全く養われないからです。意味記憶の恐ろしさは、知識や情報を頭で記憶しようとするため、思い込みと錯覚に捉われてしまうことです。
技能記憶を養うためには、音名、音程(インターバル)、音高(ピッチ)、拍子(アクセント)、リズム(シンコペーション)、息つぎ(指定のブレス)、タイ、スラー、臨時記号などに十分気を付けながら、例え途中で音名を読み間違えようが、音程が外れようが、最初から最後まで止まらずに読譜(歌唱)することが大切です。音楽は、「時間芸術」だということを頭ではなく身体で覚え込ませるようにして下さい。


音程とリズムの正しい取り方

楽譜が読めてきたら、次は「島倉 学メソッド」のLessonカリキュラムを基に、音程とリズムの正しい取り方を教授致します。
練習曲の課題は全て、必ず下記の指示に従って自主練習をして下さい。

・ピアノの音で音程を確認すること
・拍子に合わせてリズムカウント(プリカウント)を入れること
・テンポはModerato(♩=76~96)の速度に合わせたメトロノームを使用すること
・1番最後の音は次の頭拍までしっかり伸ばし切ること
・音程は息で上から音を掴み取ること

コールユーブンゲンは、基本的に「ア・カペラ(無伴奏合唱)」様式です。全く音感力がない生徒の場合、自力で音程を取ることはできないので、初めはピアノを使って練習して下さい。楽譜通り1音1音丁寧に鍵盤を叩き、聴こえる音に合わせて声を出す。これを何度も繰り返します。その時に、くれぐれも注意して頂きたいのは、耳で自分の声を聴きながら音程を確認してしまう行為です。例えば、よく手のひらを耳に当てて自分の声を聴いている人がいますが、聴覚が鈍くなるので絶対に辞めて頂きたい。
人間の聴覚は、空気伝導によって外から聞こえる音を外耳で感知し、骨伝導によって中から聞こえる音を内耳で感知しています。私たちは、この両方の音を同時に聴いています。
外耳で感知する音が実際の音高なのに対し、内耳で感知する音は外耳よりも音高が高く聞こえるため、内耳だけに頼ると実際に出している声の音高が低くなります。また、自分の声を聴く行為は、息の流れが止まるので、声が解放されず喉声になります。音感に慣れるまで自分の声を聴くのではなく、「ピアノの音」を聴いて音程を確認して下さい。自主練習の時に、正しく音程とリズムが取れているかを客観的に確認したい場合は、録音した音源を聴いて確認して下さい。

正しくリズムを取るためには、カウントがなければ始まりません。歌い出す前に、きちんと各練習曲の拍子に合わせて「リズムカウント(プリカウント)」を入れて下さい。例えば、2拍子ならば2カウント、4拍子ならば4カウントです。また、歌っている最中にテンポが早くなったり遅くなったりしないように、Moderato(♩=76~96)の速度に合わせた「メトロノーム」を使用して下さい。
音楽は「時間芸術」ですから、音符の拍数にも十分気を付けなければならない。特に、途中に休符がある小節は音が短くなりやすい。最終小節(終止符)における1番最後の音は、「次の頭拍までしっかり伸ばし切る」ということを忘れないで下さい。また、休符で終わるような場合は、音がないからと言って決して無視をしない。休符も音楽ですから、必ず最後までカウントを取ってから終えて下さい。
音程を取る時は、息で上から音を掴み取って下さい。「上から音を掴み取る」と書いて「音取る(ねとる)」です。日本人の資質は、元から開口が狭く喉声が特徴なので、音高が下がりやすい。だから、舞台に適応する開口・発声を意識し、息を上に向かって当てることで音が落ちないように、「正しい癖」を付ける必要があるのです。


練習曲は開口・発声を意識して機械的に読譜(歌唱)すること

音程とリズムの正しい取り方を習得できたら、最後は読譜(歌唱)の訓練法です。
練習曲の課題は全て、舞台に適応する開口・発声で機械的に読譜(歌唱)して下さい。この「機械的」というのが重要です。初めは、音程とリズムを取ることに意識が集中し過ぎて、開口・発声が乱れてしまうでしょう。また、開口・発声に意識が集中し過ぎても、音程とリズムが乱れてしまいます。
「開口・発声」と「読譜(歌唱)」は1セットです。必ず両者が連動するように、初めは意識しながら大袈裟に練習し、無意識化されるまで何度も反復練習しなければなりません。なぜなら、それを基礎として「正しい癖」にしなければ、楽曲を歌唱する時に全てが崩れてしまうからです。「崩れ」を歌唱表現だと勘違いしてしまう歌手(俳優)は、「三流」です。「一流」は、決して基礎が崩れることはない。
ちなみに、よくコールユーブンゲンを音楽的に歌うよう指導する講師を見かけますが、それはコンセプト(概念)から逸脱しています。そもそも、何を根拠に「音楽的」なのか分かりづらい曖昧な概念は、基礎が崩れる要因にしかならない。あくまでもコールユーブンゲンは、先にも述べたように「譜面の指示に従い一定の旋律を正確な音程とリズムで歌うこと」です。ここでは、「歌唱表現」など一切必要ありません。それは、「コンコーネ50番」でしっかりと学んで下さい。



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