スタニスラフスキー著・山田 肇訳「俳優修業」
   第一部・第二部(第三部未翻訳)

言葉の真実を明確に伝えることが俳優の役目

俳優は、観客にまで台詞がはっきりと聞こえるように届けること。そして、「言葉の真実」を明確に伝えることが俳優の役目です。しかし、想像力によって創造した世界に自分が「居る(そこに存在する)」ことができなければ、その言葉は単なる「音」であり「言霊」ではない。つまり、演技とは「役の人生を生きること=自分として生きること」なのです。
ところが、最も大切なのは「開口・発声」よりも「表現する熱い思い」であり、それが観客に伝われば台詞ははっきり聞こえなくても良いと勘違いをしている演出家や俳優が非常に多い。

言葉は文化ですから、演技とは何かを語る以前にコミュニケーションの基本です。
役者は、常に作家の代弁者であり、作者が意図する言葉の裏に隠れた想念をできる限り読み取り、想像力によってそれを具現化すること。つまり、見えないものを創造することが役者の仕事です。
しかし、土台となる開口・発声と演技法の基本技術が身に付いていない未熟な俳優は、感情表現ばかりに走り、それをコントロールできると勘違いしています。そんなことができるのなら、人は過ちなど犯しはしない。だから、ただ力んで怒鳴っている暴走した演技にしかならない。

心理学的に、人間は「感情(喜怒哀楽)」そのものを作ったりコントロールすることはできません。なぜなら、我々が実生活の中で湧き起こる複雑な感情は、常にその直前に起こした行動や起きた出来事を「実感(知覚)」した結果として生じているからです。
俳優は、「感情をコントロールする」という邪魔な執着心は捨て、もっと「五感」が鋭くなるように感受性を高めなければならないのです。それと同時に、表現するための「意志の強さ」も鍛えること。
我々人間は、「肉体」と「精神」のバランスで成り立っています。だから、俳優は「忘我」の恍惚鏡(エクスタシー)に陥り己を見失うのではなく、肉体と精神をしっかりと磨き、「自我」の濃くて強い意識(エゴイスト)を忘れず自己超越する=自我意識(自意識)を確立させることが大切なのです。


スタニスラフスキー・システムとは

現代演劇において、世界標準となっている演技法の基礎が、ロシア・ソ連の俳優、演出家であったコンスタンチン・セルゲーヴィチ・スタニスラフスキー氏(1863年 - 1938年)によって確立された「スタニスラフスキー・システム」です。

「スタニスラフスキー・システム」とは、想像力(回想から創造する過程)を刺激することによって、自分の人生経験から得た「五感」を呼び起こし、その瞬間に実感した知覚変動を与えられた役柄の台詞に当てはめて、現実的(リアル)な行動に正当化するための訓練法です。つまり、台本の中にいる役柄の人生を自分として生きる(追体験する)究極の演技法です。
この演技法は、決して「感情」で演じるのではないということ。「意志」と「目的」が大切なのです。
私たちは「意志」があるからこそ、あらゆる障害を乗り越えながら「目的」に向かって行動する。つまり、「意志と目的に伴って行動する」ための演技術を身に付けなければならないのです。

<習得するための目的>

①完全呼吸法(腹式:胸式:肩式=1:1:1)の確立
腹→胸→肩の順に呼吸(気=プラーナ)が流れるようなイメージで「丹田呼吸法(胸腹式呼吸)」を体得し、想像力によって具現化した言葉を「息」で表現すること

②リラックスと集中の確立
肉体の硬直と脱力の感覚を体得し、頭の中で想像した世界(具現化された映像)を見ることによって、「肉体的緊張」と「精神的緊張」を取り除き、自我意識(自意識)をコントロールするための集中力を養うこと

③発声とチャクラの確立
発声する時の身体と7つのチャクラが一致=「身体の軸(中心軸)」
身体の重心を感じる第0チャクラと潜在意識を高める第8チャクラの覚醒=「説得力のある表現法」
全てのチャクラを通過することによって、気の解放=心の開放(チャクラの覚醒)は実感した結果として生じる感情を解放する(声を飛ばす)感覚であると身体で理解(実感体得)すること

④6つの自問「5W1H」の確立
役柄を表面的に解釈するのではなく、「与えられた状況」の中で、深層心理・背景・人生を分析して人物像を具体化すること

When「いつ(時間)するのか」
Where「どこで(場所)するのか」
Who「だれが(主体)するのか」
What「なにを(目的・人・物)するのか」
Why「なぜ(理由)するのか」
How「どのように(手段・方法)するのか」

⑤想像力と実感の確立
俳優が最も陥りやすい「説明型演技」を防ぐために、想像力(回想から創造する過程)によって自分の過去の人生経験から得た「五感」を呼び起こし、その瞬間に実感(知覚)した結果として感情を生じさせる演技術を体得すること
*「説明型演技」とは、役を生きる「体験型演技」ではなく客観的な感情を表現する行為

⑥目的と行動の確立
作者が意図する言葉に隠れた想念(Idee)をできる限り読み取り、目的に向かって行動する意志(Will)を考えた「動機付け」によって、現実的(リアル)な行動に正当化すること

⑦自我意識(自意識)の確立
集中力を養うことによって、「本能」と「理性」の両方を客観的にコントロールできる能力を身に付け、自分の弱さとしっかり向き合い、全てを受け入れ認めることで「意志の強さ」を鍛えること

⑧集合無意識(超意識)の確立
業(ごう)と欲への邪魔な執着心を捨て、宇宙と一体化する(高次元の存在=神と繋がる)ことによって肉体と精神が融合し、役柄(観察対象)と自我(観察者)の一体化=自分(観照者)になるという感覚を身体で理解(実感体得)すること

「演技は習うものではない」「個性がなくなる」と言っている俳優をよく見かけますが、基本を身に付けずして個性は絶対に生まれません。

「スタニスラフスキー・システム」とは、集中力を妨げる余計な煩悩を捨て、心を開放することによって、本当の自分(真我=アートマン)を知り自己超越することです。それを体得すると、奥深くに眠っていた潜在意識(第六感)が目覚め、今まで全く気付けなかったことに気付いたり、新しい発想が次から次へと生まれてきます。即ち、それが自分の個性になっていくのです。

「スタニスラフスキー・システム」の最終目的は、内面的行動(心理)と外面的行動(身体)を統合した「身体的行動の方法」の本質を体得した上で、想像力によって創造した物語の世界に自分が「居る(そこに存在する)」と認識する=本当の自分(真我=アートマン)を知ること。そして、自我を忘れず自己超越する=自我意識(自意識)を確立することによって、役に飲まれることなく「自分として役を生きる」ことなのです。
「本物の演技法を体得したい」と思っている方には、決して避けられない登竜門であることを覚悟して頂きたい。


備考

2017年、島倉 学 監修による「スタニスラフスキー・システム」の演技理論を講義した内容です。
改めて、内容に修正と補足を加えました。
ちなみに、何故私は「真実の言葉」ではなく、「言葉の真実」と表現したのか。
それは、言葉とは不完全なものだからです。不完全なものに、「真実の言葉」など初めから存在しない。

役者は、作者(作家)が意図する不完全な言葉(台詞)を深く掘り下げ、それを真実かのように語ることです。つまり、役者は言葉自体が持つ真意をきちんと理解した上で、真実を導き出して伝えることが俳優の役目だという意味です。
だから、私はそのニュアンスを持たせるために、敢えて「言葉の真実」と表現致しました。

ここまで申し上げれば、いかに「言葉」は重みがあり、軽視できないことをご理解頂けると思います。

                                   島倉 学



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