換声点をなくす習得法とは

音楽ジャンルに関係なく、ヴォイス・トレーニングを学んでいる過程で、誰もが壁に打ち当たる課題の1つが「換声点(かんせいてん)」です。
換声点とは、声区(胸声・中声・頭声)における地声と裏声の境目のことです。一般的には、POPSならば「ブレイク・ポイント」、オペラを専門とする声楽ならばイタリア語で「passaggio(パッサッジョ)」と言います。ちなみに、passaggioは通過するという意味の「passare(パッサーレ)」が語源です。

この換声点(パッサッジョ)は、男声と女声それぞれに声区間のある音と音の隔たりで喉が詰まったり裏返ったりと、スムーズに通過できないところが2箇所あります。第1 換声点は低音域から中音域、第2 換声点は中音域から高音域にかけてあります。特に、ほとんどの生徒さんが高音域に入る前の第2 換声点で苦労されていることでしょう。
換声点をスムーズに通過させるためには、声区(胸声・中声・頭声)を融合する発声法を習得しなければなりません。それをPOPSならば「ミックス・ヴォイス」、声楽ならばイタリア語で「Voce di Finte(ヴォーチェ・ディ・フィンテ)」と言います。

ミックス・ヴォイス(ヴォーチェ・ディ・フィンテ)とは、地声(ナチュラル・ヴォイス)と裏声(コーディネート・ファルセット)が混ざったように聞こえる声のことです。正確には、喉頭を下ろしたまま、コーディネート・ファルセット(声帯閉鎖のある裏声)のような感覚でナチュラル・ヴォイス(息の多い地声)を鼻腔に響かせて発声することです。つまり、それが声区(胸声・中声・頭声)を融合するために必要な発声法なのです。

ちなみに、POPSにおけるミックス・ヴォイスは、地声(ナチュラル・ヴォイス)と裏声(コーディネート・ファルセット)の声帯閉鎖のバランスによって2種類に使い分けています。ひとつは地声が強い「ハード・ミックス」、もうひとつは裏声が強い「ライト・ミックス(ソフト・ミックス)」です。私は、前者を「基本的な実声」と言っています。
また、POPSにおけるミックス・ヴォイスと同様の声楽におけるヴォーチェ・ディ・フィンテは、上記の2種類を結合し、声のポジションを調整することによって換声点をなくしていくことが目的です。それを「Messa di voce(メッサ・ディ・ヴォーチェ)」と言います。

余談ですが、多くのヴォイス・トレーナーが、ミックス・ヴォイスは地声と裏声を混ぜること、または混ぜるのではなく混ざることだと思っているが、どちらも誤りです。決して言葉を表面的に捉えてはならない。先にも述べたように、「混ざったように聞こえる声」を言うのであって、地声と裏声は混ざらない。
また、多くの声楽家が、男声は地声で女声は裏声なので、両者において発声の仕方が少し違うという表現をしていますが、これも誤りです。音域によって地声と裏声の声帯閉鎖のバランスが異なるだけで、男声も女声も発声の原理は全く同じです。表面的に違って聴こえているものを本質的にも違っていると錯覚してしまうのは、非常に危険な行為です。常に、真理で物事を判断する能力を養って下さい。そもそも、音域的に地声だけで歌うことも裏声だけでも歌うことも不可能です。

それでは、本題に入ります。ミックス・ヴォイス(ヴォーチェ・ディ・フィンテ)ができれば、換声点はなくなり声区(胸声・中声・頭声)を融合することができる。これが一般的な解釈です。しかし、実はそれも錯覚です。
ミックス・ヴォイスとは、声区を融合するために必要な発声法であって、換声点がなくなる訳ではありません。なぜなら、声をかぶせることで「換声点を隠している」に過ぎないからです。それをPOPSならば「カヴァー」、声楽ならばイタリア語で「coperto(コペルト)」と言います。

例えば、中音域から高音域にかけて、第2換声点の限界値に達する前の段階から意図的に喉頭を下ろし、換声点(パッサッジョ)が分からないように声をかぶせて高音を出しやすくする。これが最も多い指導法でしょう。しかし、この方法では喉頭が自由になることはなく換声点はなくなりません。
また、例とは対照的に咽頭は開いたままで声をかぶせない方法があります。それをPOPSならば「オープン」、声楽ならばイタリア語で「aperto(アペルト)」と言います。これもまた、迫力のある声は出るのですが、喉頭が自由になることはなく換声点はなくなりません。

「島倉 学メソッド」のカリキュラムにおける換声点をなくす習得法は、実にシンプルです。それは、「パッサッジョ域」で何も余計なことをしないことです(笑)
低音から高音に至るまで喉頭は下ろしたまま、身体の軸を保ちながら、ただ息を上に向かって吐き、素直に発声すれば良いのです。もちろん、基本的な呼吸法と発声法、そしてミックス・ヴォイス(ヴォーチェ・ディ・フィンテ)の過程のみを身体で理解(実感体得)していることが前提です。つまり、実際に声をかぶせるようなニュアンスではなく、低音から高音まで全く同じ声のポジションのまま、身体の軸に沿って声が頭上から突き抜ける感覚です。それを声楽ではイタリア語で「acuto(アクート)」と言います。
ここで大切なことは、歌唱に必要な身体の使い方(肉体の筋力)がきちんと備わっていること、更に低音と全く同じ感覚で高音が楽に出ていなければなりません。

このアクートとは、高音における唱法ではなく、本来は頭上から突き抜ける感覚を意味します。意図的に喉頭を下ろしたり声帯閉鎖をコントロールするのとは異なり、声帯は柔らかい状態のまま低音から高音まで実声の強弱が可能になります。なぜなら、呼吸が丹田にしっかりと下りていることで、横隔膜を柔らかく保ちながら息を自由にコントロールすることができるからです。実は、それこそが声区(胸声・中声・頭声)を融合した真の「ミックス・ヴォイス(ヴォーチェ・ディ・フィンテ)」なのです。



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